昨日の予告の_

もう一つの内緒話。それは声の出演についてです。NHKは主役の「ヘンべえ」にはとにかくメジャーな人、有名人を使いたいと主張します。(まぁ、アニメ番組では往々にしてこういうことがあります)
何人かの候補者の中から中村メイコさんにと決まりました。本人からのOKも貰ってNHKは大喜び。誰からも文句なしの大御所ですからね。
相手役の「内気メゲル」は(なんという↓な命名!「野比のび太」↑と正反対ですな・笑)音響監督の山田悦司さんと相談の上、人気声優で元気いっぱいの日高のり子さんにすることに。他にもベテラン、売れっ子がズラリの充実した布陣が敷かれました。万全です。
さて、声の出演者全員の初顔合わせでもある第1回の収録の日、困ったことが起きました。メイコさんは「ヘンべえ」のイメージぴったりの声で関係者全員が大喜びなのですが、画面の口パクにスタートのタイミングが合いません。どうしてもワンテンポ遅れてしまうのです。ヘンべえの台詞になると、フィルム(ビデオ)がしばしば止まってしまいます。メイコさんがアニメのアテレコには不慣れなためです。これは一つの技術ですから、ある程度の修練が必要です。どんなに器用な人だっていきなりピタリピタリと合わせられる筈もありません。「最初の内は仕方ないですよ、すぐにコツがつかめますから大丈夫」と我々。けれど、メイコさんはこのことが許せません(自分自身「こんな筈はない」と思われたんでしょうね)。皆に迷惑をかけたくない。足手まといになるのは本意でないからといって、2回目からの一緒の収録を拒否。そんなことは困ります。主役がいないままでの収録なんて…考えられません。役柄への不満ではないし、降板・交代になる話でもありません(「絶対やりたい!」っておっしゃるし)。あくまで収録段階での問題だと。関係者全員がもうオロオロ…(誰も「ふざけんじゃねぇ!」って言えない・笑)。
「降りてもらいましょうよ」
「そんなことができるか!」
大物相手に我々のレベルではどうすることもできません。トップレベルの話し合いになって…ついに、前代未聞の<全話・主役の台詞は別録音>となってしまったのです。別の日、別の場所で、ヘンべえの声だけを少数のスタッフが立ち会って収録します。で、レギュラーの声優陣は主役が不在のまま(当然、声はない)、毎回、いかにもそこにヘンべえ役が居るかの如くの(受けの)お芝居をしながら台詞を収録するのです。で、ダビング前に両方の台詞を合体させて一本に。はっきりいって二度手間です。いくら様々な状況で声を入れてきたベテラン声優の方々でも、シリーズ全部が<主役は別録り>なんて、正直「冗談じゃないよ!」って言いたかったと思いますよ。現場の我々だって同じ思いです。でも皆さん、切り替えは早かった。「居ないのが分かってるんだから、むしろ気が楽」って。私も両方の収録に常に立ち会うわけにもいきませんから、もうメイコさんは「別の人にお任せ!」って割り切ることにしました(もちろん不本意だったし、あんまりいい記憶ではありません)。放送ではそんな舞台裏のことは分かりませんよね。そんなことを一切感じさせないだけの仕上がりにしたのはひとえに音響関係スタッフの頑張りのおかげです。
実を言うと、メイコさんはすぐにアテレコをご自分のものにされて、以後の収録は順調そのものだったんですよ(戻ってこられれば良かったのに…ね)。ちょっとした「ボタンのかけ違え」でした。信じられない出来事ですが、もう二度とこんなことが起きないことを願って、思い切ってご開帳!