「広場」12月号_

manga-do2007-12-13

恒例の、今年を代表する漢字が「偽」と決まった。嫌な字となったものです。もっとも、字自体に責任は無い。
貫主も「なんでこんな字を書かにゃならんのだ!」との怒りを込めて筆を運んでいるように見えました。
以前の「愛」とか「命」ならば私も書きたくもなるが、「偽」ばかりはどうも…他の候補も、世相を反映してか「嘘」「怒」「疑」「欺」「崩」なんてものばかり(呆←これもだ!)。
来年には素敵な字が書かれることを願いましょう。
「広場」の今年最後の号が届く。
表紙は大島啓さんの「ピエロのあやつり人形」
ちょっと不思議な印象に、お名前で検索してみました。で、ビックリ!そして、感銘。2004年12月の作とか、16歳になったばかりのときですね。水彩画かな…主宰、どんなご縁で?
今号も手塚治虫の関連記事二本、西岡たかしさんの16ページのマンガ(なんと、40年前の作!)、懐かしの映画の記事など楽しい読み物が満載。私の連載「並木座ウィークリー」とは別に、もっと後年の並木座プログラム(いや、パンフレットか)が紹介されてたのにはビックリ。手塚プロの小林氏所蔵だったのはこれまた奇遇ですね。
記事には積み残しもあるようで、新年号をさらに期待させます。編集後記で「また今年も赤字となった」と、お嘆きの主宰、「でも、好きだから辞められない」とも。何とかお助けしたいとは思うのですが…今年も一年お疲れ様です。近郊会員有志出席の「広場」忘年会にてお慰めをば(笑)。
では、恒例、月遅れ掲載の第五回をどうぞ。

並木座ウィークリー」と共に  第五回
──マイ・オールド・シネマ・パラダイス──
資料と文 萬雅堂・樋口雅一
 ドスッ!…ギラリ… 顔前に鋭い刃が光る。カズの坐る机に男がいきなり、ドスを突き刺したのだ。
「さぁ、ショバ代を貰おうじゃないか。とっとと出しな!」
オープンしたばかりの銀座並木座の事務所に、或る日、とある組織の人間が現れた。(はて、どこの組? 詳しい人なら、○吉会や○葉会、○粋会や○東組とかの、当時のそっち方面の名前がいくつか浮かぶでしょうが、私はそこまでは聞いてない。)
しかしそのとき、カズは少しも騒がず、
「せっかくだけど、うちはそんなものはビタ一文出せないね。さぁ、お引取り願おうか。」
「なんだとぉ?てめぇ、でけぇ口叩きやがって!」
「実は私は○○さんのところでかつてお世話になった者でね。なんなら○○さんにこのことを伝えようか」
「な、なにぃ?…チッ、ならば、仕方がねぇ。ま、今日のところは見逃してやるぜ」
机のドスを引き抜くと、男は立ち去り、以後二度と現れることは無かった。なんだか、下手なドラマや古臭い劇画によく見るパターンですねぇ、コント的展開にもなりそうだ(笑)。
興行の世界と、あちらの世界とは、昔からさまざまな形での、腐れ縁的な関係が語られています。銀座にもヤクザさんは当然いたでしょうし、このカズから聞いたエピソードも、あながち嘘ではないのでしょう。
映画人たち有志の共同出資で作られたような、大資本が後ろに控えていない、独立した小さな一映画館では、こういった方々の要求から身を守ることはなかなか難しい。毅然とした態度で拒否するのが一番効果的と分かっていても、目の前にドスを突きつけられて迫られてはねぇ…。度胸あるよなぁ、カズは。
「○○さんの…」というのは、カズのとっさの出まかせではなく、実は学生時代に本当に或るヤクザの親分さんのところに下宿?というか、一時期、寝泊りさせてもらっていたのだそうです。学生の身ですから、あくまで「お客人」で、「組員予備軍」などではありません。とても丁重な扱いを受けていたけど、卒業したら入社します(内定!)、ってことでも無かったそうだ(笑)。割烹料亭の一人息子だったから、客商売でつねにいろんな人と交流があり、たとえ組織の親分さんであろうと、人の懐にすっと入り込むのなんか、いとも簡単だったんでしょうね、カズにとっては。(いやぁ「学生ヤクザ」になってなくて良かったなぁ…)
他の映画館へ移ったり、のちにパチンコ屋、ボウリング場、ゴルフ場の支配人なんかをやってたときも、この世渡り上手ぶり?を存分に発揮してたのでありましょう。                               
 さて、「並木座ウィークリー」の17号から20号です。
●17号 このミロとかクレーとかカンディンスキーのようなイラストは有馬稲子さん。詩?も、ちょっとお洒落ですね。
上映はオムニバス映画「にごりえ」(新世紀映画/文学座共同作品)
原作・樋口一葉 脚色・水木洋子井手俊郎 監督・今井正
第一話「十三夜」 主演・三津田健/田村秋子/丹阿弥谷津子
第二話「大つごもり」 主演・長岡輝子仲谷昇久我美子
第三話「にごりえ」 主演・淡島千景山村聰宮口精二
映画随筆──その十七 「脚色者の言葉」 水木洋子
「女学校時代に読んだ一葉の作品は、地味なだけで、藤村の小説を読むように、じめじめと暗い印象だけが残ったが、三十代半ばになって読みなおして、始めてこの作品の流麗な文章と、女の悲しさ哀れさが、しみじみとよくわかった」とあって、すらすらとよどみなく、あっという間に書けたそうです。
〈支配人室〉(編集後記)に、東京に大雪が降った日のことが。
「あの大雪の朝、都内の各劇場は昼から開場した様だが、並木座は嬉しい例外で、数人の女学生を含むファンの方が雪をかき分けて集まって来られ、並木座前の雪かき迄手伝ってくれました。終わってから暫く焚き火を囲んで語りました。拡声器からは静かにドリス・デイのガイ・イズ・アガイが流れ、雪が舞って嬉しい楽しい一時でした。」と。
いい光景だなぁ!(1954・2・3)
●18号 「南米行」えと文 越路吹雪
「ブラジルとアルゼンチンの映画祭に出かけます。「冬」から「夏」への旅で大変…」と書いてまして、この絵は、そのご自身を描いたものかな? 前号と同じく、プログラムの中身とは関連ありません。
上映は「女の一生」(新東宝近代映画協会提携作品)
脚本、監督・新藤兼人 主演・乙羽信子千田是也宇野重吉
〈解説〉新藤兼人氏がモーパッサンの「女の一生」からヒントを得たもので、舞台を京都に昭和二年から二十八年間(十九歳の乙女から四十五歳の未亡人まで)のある不幸な女の一生を描こうとするものである。
エッセイは「一つの道標のために」 新藤兼人
「十九から四十五まで」 乙羽信子
〈映画ファン教育〉毎日映画コンクールの結果発表記事があり、先週上映の「にごりえ」が受賞したと。編集後記にも、独立プロが作った良い映画だと、喜びがあふれていますね。並木座で東京映画記者会によるブルー・リボン賞を受けるとあります。(1954・2・10)
●19号 毛筆で
「冬空尓(に) 鶴千羽舞ふ 幻能(の)」    康成
とあります。川端康成自筆のものと思われますが、巷間残されている句は、新年を詠んだ
「初空尓(に) 鶴千羽舞ふ 幻能(の)」
なのです。http://www.kawabata-kinenkai.org/genko/index.html
おそらく川端は、色紙に向かったとき、2月発行のこのプログラムのために、「初空」でなく「冬空」としてこの句を書いたのでしょうね。この辺の心配りが窺えて実に面白い。
上映は「千羽鶴」(大映作品)
原作・川端康成 脚本・新藤兼人 監督・吉村公三郎
主演・木暮実千代乙羽信子森雅之
「撮影を前に吉村監督に訊く」(「映画ファン」より転載)
吉村公三郎粗描」 新藤兼人
体型から性格まで、吉村監督の人となりを軽妙に書かれてます。
〈支配人室〉「映画を見る常連はあらゆる点で非常に気むずかしいものです。並木座もいつも叱られてますが決してただ写せばよい俗にいうやっつけ興行ではないと自負してます。地下という悪条件をカバーし小さな並木座が一人立ちするには人一倍の苦労があります。音響を美しくやわらかく画面を明るくする事にたえず細心の注意を払うのが映写係の陰の仕事です。Aの映写機からBへの切換が下手だったり、夜の場面でないのに画面が暗くなる時は実に不愉快なものです。悪い点はどしどし注意してください。」
おお、当時のカズの様子がこんなところに窺えるではないか。(1954・2・17)
●20号 「鎌倉の垣根」えと文 中古 智(山の音・美術担当)
「山の音」のセット・デザインが表紙です。
上映は、川端康成選集と題して「山の音」(東宝作品)
〈解説〉芸術院賞に輝く川端康成の名作「山の音」の映画化で、日本の家族制度からくる夫婦愛の破綻、老齢の父と若い嫁の美しい感情の交流等抒情あふれる筆致で描いたものである。
原作・川端康成 脚色・水木洋子 監督・成瀬巳喜男
主演・山村聰長岡輝子上原謙原節子
「『山の音』について」 成瀬巳喜男
「珠玉」(成瀬さんと水木さんのお仕事) 井手俊郎
無邪気な作文や二十数年前に書かれた小説が、このお二人の手にかかるとたちまち珠玉の映画となるが、もうそろそろ、お二人のオリジナルの見事な作品を期待したい。 と書いてます。
〈支配人室〉「並木座は日本映画の特選上映をモットーにいたしております。(中略)これら往年の名画は、その殆どがフィルム状態が悪く良心的な映写に堪えないのです。しかし何とか御希望にお答へしようと、頭を悩ましております。」
おや、ここにもカズの苦悩が!(笑)。(1954・2・24)